処遇改善加算の実務で、意外と判断に迷うのが
「賃金改善の基準点はいつからなのか」という問題です。
・どの時点の給与と比較すればよいのか
・新規取得の場合の基準はどこか
・区分変更時はリセットされるのか
・定期昇給がある法人はどう整理すべきか
制度そのものは理解していても、
この“基準点”の設定を誤ると、改善額の算定ミスや実績報告時の不整合につながります。
本記事では、処遇改善加算の制度説明は割愛し、
実務上の「比較時点」「基準年度」「積み上げの考え方」に特化して整理します。
監査で説明できる基準設定とは何か。
行政対応を前提とした実務判断の視点から解説します。
なぜ「基準点」が問題になるのか
処遇改善加算の実務でよく相談を受けるのが、次の疑問です。
- いつの給与と比較すれば「改善」と言えるのか
- 新規開設の場合は何を基準にするのか
- 途中で加算区分を変更した場合の起点は?
- 基本給に組み込んだ場合、過去分はどう扱うのか
賃金改善の「基準点」を誤って設定すると、
✔ 改善額の過小算定
✔ 改善額の過大算定
✔ 実績報告時の差戻し
✔ 最悪の場合、返還
に直結します。
制度の理解よりも、基準点の設定が実務上の肝です。
原則的な基準点の考え方
結論から言えば、「処遇改善加算を算定する直前の賃金水準」が基準になります。
ここでいう「直前」とは、
- 当該加算区分を初めて算定する前年度
- または、加算を取得していなかった期間の最終賃金水準
です。
重要なのは、“制度開始時”ではないという点です。
ケース別整理
ここからは、実務でよくあるパターン別に整理します。
ケース①:これまで加算を取得していなかった事業所が新規取得する場合
例:
令和7年4月から処遇改善加算Ⅱを算定開始。
→ 基準点は
令和6年度末時点(3月支給給与)の賃金水準です。
つまり、「加算を取得していなかった最後の給与水準」が比較対象になります。
実務上の注意
✔ 3月支給額を基準にするのか
✔ 年間平均を基準にするのか
で迷いますが、実務では「直近の確定賃金水準」が合理的です。
特に、
- 4月から基本給改定予定だった場合
- 定期昇給がある法人
は整理が必要です。
ケース②:継続取得している場合
すでに処遇改善加算を取得している事業所の場合、基準点は原則として直前年度の賃金水準になります。
つまり、改善は「積み上げ」です。
一度改善した水準は、翌年度の基準になります。
実例
令和6年度
基本給:200,000円
処遇改善手当:20,000円
令和7年度
さらに10,000円上乗せ
→ 基準点は220,000円
→ 改善後は230,000円
となります。
「200,000円」に戻って比較することはできません。
ケース③:加算区分を上げた場合
例:
加算Ⅱ → 加算Ⅰへ変更。
この場合の基準点は、
区分変更直前の賃金水準です。
「Ⅱのときの水準」が基準になります。
よくある誤解は、「Ⅰの要件に合わせて過去と比較する」こと。
これは誤りです。
新規開設事業所の場合
ここが最も判断に迷う部分です。
原則
新規開設の場合、
「比較対象となる過去賃金」が存在しません。
そのため、計画書提出時点での賃金水準を基準とするのが実務上の整理です。
実務での考え方
例:
開設と同時に加算取得。
この場合、
✔ 開設時に設定した基本給
✔ 雇用契約締結時の給与
が基準になります。
「開設前の他法人での給与」は関係ありません。
注意点
新規開設でありがちな誤り:
✔ いきなり高い給与設定にして「改善したことにする」
✔ 実際の改善部分が不明確
新規開設でも、
「どの部分が加算による改善か」を明確化する必要があります。
定期昇給がある法人の場合の基準整理
多くの法人では、毎年4月に定期昇給があります。
ここで問題になるのが、
「定期昇給分も処遇改善加算による改善に含めてよいのか」
という点です。
原則
定期昇給は“通常の人件費増”であり、加算による改善とは区別して整理する必要があります。
処遇改善加算は、「加算を取得しなければ発生しなかった賃金上昇部分」が改善額と整理されるのが基本です。
実例
令和6年度末基本給:200,000円
令和7年4月定期昇給:+5,000円
処遇改善加算取得に伴う上乗せ:+10,000円
この場合の整理は:
- 定期昇給分 5,000円 → 通常昇給
- 加算由来分 10,000円 → 賃金改善
基準点は200,000円ですが、
改善額としてカウントできるのは10,000円です。
誤った処理例
「4月に15,000円上がったから、全部改善額」
とするのは危険です。
監査では、
✔ 昇給規程
✔ 過去昇給実績
✔ 加算取得前後の比較
を確認されます。
基本給へ組み込んだ場合の基準点
近年増えているのが、
処遇改善手当を基本給に組み込むケースです。
問題点
一度基本給に組み込むと、「どこまでが従来部分で、どこからが改善部分か」が不明瞭になります。
実例
令和6年度
基本給 210,000円
内訳:200,000円+処遇改善手当10,000円
令和7年度
基本給 230,000円(手当廃止し統合)
この場合の基準点は?
→ 210,000円が基準です。
改善額は20,000円ではなく、
実質増額分の10,000円です。
実務対応
✔ 組込み前の賃金水準を保存
✔ 改善由来部分を内部資料で明確化
✔ 規程改定時に経過措置を記録
記録がなければ説明不能になります。
加算区分変更時の基準点
区分変更(Ⅱ→Ⅰなど)時の整理。
原則
変更直前の賃金水準が基準点
です。
過去の“加算取得前”には戻りません。
実例
加算Ⅱ時点賃金:225,000円
加算Ⅰへ変更
追加改善:15,000円
基準点:225,000円
改善後:240,000円
改善額:15,000円
よくある誤り
「Ⅱのときの改善分を再度改善として計上」
→ 二重計上リスクとなり返還の対象となってしまう可能性があります。
法人合併・事業譲渡時の基準点
これは実務で非常に判断が難しい論点です。
原則的整理
労働契約が継続しているかどうかが基準です。
ケース①:事業譲渡だが職員は継続雇用
→ 旧法人での最終賃金水準が基準点となります。
ケース②:一旦退職扱いで新規雇用
→ 新法人での雇用契約時点の賃金が基準点
実務上のリスク
✔ 旧法人水準を無視
✔ 不自然な引下げ
✔ 加算取得直前の賃金調整
これらは監査で重点確認対象になります。
基準年度の誤設定による監査リスク
最も危険なのは、
意図せず“有利な年度”を基準にしてしまうこと。
典型例
コロナ影響で一時的に賃金が低下した年度を基準に設定。
→ 翌年度との差額が大きく見える。
これは形式上可能に見えても、
行政は
✔ 過去複数年の賃金推移
✔ 経営状況
✔ 不自然な変動
を確認します。
基準点設定で押さえるべき実務原則
最後に、判断の軸を整理します。
原則1:直前確定賃金が基準
原則2:改善は積み上げ方式 → 過去に改善した分は翌年度の基準になる。
原則3:通常昇給と加算由来分は区別
原則4:説明可能性を最優先 → 「なぜこの金額が基準なのか」を第三者に説明できる状態を作る。
まとめ
処遇改善加算における賃金改善の基準点は、
制度開始時でも、
数年前でもなく、
“当該加算算定直前の確定賃金水準”
が原則です。
そして改善は毎年積み上がります。
基準点を誤ると、
✔ 改善額不足
✔ 実績報告差戻し
✔ 区分変更指導
✔ 返還リスク
に直結します。
制度理解よりも、
賃金推移の管理と記録保存が最大の防御策です。


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